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福岡県豊前市の千手観音堂に行ってきました 2021春

豊前市千手観音堂に行ってきました

中津から求菩提山方面に向かう途中に、以前から看板で目にしていた「千手観音堂」に行ってきました。

千手観音堂とは

福岡県豊前市挾間にあります。

そもそも千手観音とは

挾間の観音としてよく知られている仏像で、像高は211.2センチメートルという大きなものです。現在は岩壁を背にする収蔵庫に安置されていますが、かつてはここに岩屋山泉水寺と言うお寺があり、その本尊としてこの千手観音が祀られたと言います。
像は樟材の一木造りで、頭部は小さな宝髻(ほうけい)を結び、天冠台(てんかんだい)を彫り出し、垂髪(たれかみ)は束ねて耳から両肩の天衣にかかるように彫り出されています。顔は張りが強く、切れ長の眼に小振りの鼻、唇が表現され、全体に童顔にまとめられています。また、肩からかかる条帛(じょうはく)、天衣には軽やかな流を見ることが出来ます。
合掌手(がっしょうしゅ)は臂(ひじ)のところからつけられていて、千手観音独特の脇手は扇状の板に半肉彫りに刻まれ、光背風に作られています。
その特徴から古様な仏像で、平安時代後期でも早い時期に作られたものと考えられています。昔、母乳の出が悪い母親がここの水でお粥を炊いて食べたところ、よく出るようになったという伝説が残されていて、別名「乳の観音」とも呼ばれる温かい像です。

豊前市公式ホームページより引用
https://www.city.buzen.lg.jp/kanko/miru/bunkazai/07.html
 
 

高僧・行基の作とも言われ、国指定の重要文化財のようです。(以前は国宝)

毎月17日に拝観ができるようですね。

同じく千手観音堂には木造不動明王座像も安置されているそうです。

樟材による像高144センチメートルの座像で、破損摩滅が激しいものの、千手観音立像(重文)と同時期の平安時代の作と考えられています。
求菩提山の末寺の一つである松尾(まつの)山に伝わる『松尾山縁起』(「太宰管内志」松尾山医王寺の項)には、松尾山の末寺十三箇所のうち「第十二岩屋山泉水寺者観音不動」と書かれていて、千手観音とともに祀られていたことがわかります。

豊前市公式ホームページより
https://www.city.buzen.lg.jp/kanko/miru/bunkazai/07.html
 
 

もともとこの地にあった岩屋山泉水寺の本尊として千手観音が祀られ、不動明王座像もともに祀られていたみたいです。

なお泉水寺の名は、岩洞窟の左右の岸壁から二条の流水湧水がほとばしることが由来のようです。

千手観音堂の写真

佐井川にかかる橋の手前側にトイレ付きの広い駐車場があり、そこに停めました。

福岡県豊前市の千手観音堂に行ってきました

佐井川です。

福岡県豊前市の千手観音堂に行ってきました

橋の向こうに見えるのが千手観音堂です。

新緑が綺麗な季節です。

福岡県豊前市の千手観音堂に行ってきました

豊前市教育委員会による木造千手観音像の説明です。

国指定重要文化財(彫刻)
木造千手観音立像
明治五九年四月十四日 指定

その昔、この地にあった岩屋山泉水寺の御本尊がこの千手観音立像といわれています。泉水寺は山岳修験の山として栄えた求菩提六峰の一つ、松尾山の末寺で、堂内には千手観音立像と不動明王坐像、さらにもう一体を併せ三尊が祀られたと言われますが、現存しません。
像は樟材の一本造りで、高さ二一一cmを測り像の干割れを防ぐため、内刳が施されています。
頭部には小さな宝鬟(ほうけい)を結び、天冠台を彫り出していて、切れ長の目に小ぶりの鼻・唇が表現され、張りの強い童顔に仕上げられています。
また合唱手と呼ばれる本手は残されていますが、その下にある印を組む宝鉢手と、脇手は既に失われています。
脇手とは千手観音の特徴である像の背面に表される無数の手で、奈良時代には忠実に千本の手を表現したものが見られますが、平安時代以降には省略され四二臂のものが多いようです。本像は光背風に造られた共彫に五八箇所の脇手の痕跡を見ることができます。
平安時代後期、地方の作としては洗練された秀作と言われます。

豊前市教育委員会

看板より
 
 
福岡県豊前市の千手観音堂に行ってきました
千手観音立像看板

こちらも豊前市教育委員会による千手観音立像の看板ですが、上と内容が違いますね。

重要文化財
千手観音立像
木造、樟材、一木造、素地、彫眼像高二一一・〇センチ、平安時代
この千手観音は、乳の観音とも呼ばれ、その信仰は今も盛んである。千手観音を詳しくいうと、千手千眼観音、または大悲観音ともいう。一切の衆生の苦しみを救い、また請願成就、そしてさらに、産生平穏をも司るともいう。このことの利益から乳の観音としての信仰がある。像は平安時代後期の秀作として、殊に尊顔の美しさに定評がある。この地方の代表的作例の一つである。もと国宝、現在は重要文化財に指定されている

豊前市教育委員会

看板より
 
 
福岡県豊前市の千手観音堂に行ってきました

岩壁を背にする収蔵庫に千手観音像が安置されているそうです。おそらくこちらかと。

福岡県豊前市の千手観音堂に行ってきました

岩屋の手前には、古そうな石塔があります。五輪塔でしょうか。

福岡県豊前市の千手観音堂に行ってきました

苔むしています。

福岡県豊前市の千手観音堂に行ってきました

石の不動明王や石仏、お地蔵様が並んでいました。

千手観音堂の不動明王像

不動明王坐像の看板もありました。

不動明王坐像
豊前市有形文化財
像、木造、樟材、
一木造、素地、彫眼
像高一四四センチ。
平安時代
千手観音堂は、もと岩屋山泉水寺といった。資料に、本尊は千手観音(重要文化財)不動明王とあり、二尊がこの寺の中心的な尊像であったことがわかる。不動明王坐像は、破損がはなはだしいが、千手観音立像と同時期平安時代の古像であり、往時の岩屋山泉水寺を考える上で極めて貴重な像である。

豊前市教育委員会

看板より
 
 

大変貴重な像のようです。

いつか拝観したいですね。

写真で見たい方はこちらから(豊前市公式ホームページが開きます)

千手観音堂のアクセス

〒828-0073 福岡県豊前市挾間
無料駐車場有

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