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一宮神社 / 北九州市八幡西区、古事記に記された神籬磐境(ひもろぎいわさか)が現存

一宮神社 / 北九州市八幡西区、古事記に記された神籬磐境(ひもろぎいわさか)が現存

全国的にも珍しい、古代の祈りの場である神籬磐境とよばれる古代斎場が現存する神社が、北九州市八幡西区山寺にあります。

そこは一宮神社。

こちらは本殿。
桜の名所で有名な皇后崎公園の森が広がっています。
キリシタン大名として有名な大友氏の焼き討ちによって、それまでに建てられていたという壮大な社殿が燃やされてしまったらしいです。

一宮神社由緒
この地方の氏神王子神社、大歳神社、諏訪神社の三社を昭和二十五年六月吉日に合祀し、社号を一宮神社と称(?)します。
王子神社は神武天皇が日向国より東征?上、筑前のところにおいでになり、一年間や役務?みられた宮居の地で境内には、古代斎場等、考古学的にも貴重な跡があります。
大歳神社は三代実録や続風土記にも表れている古くて且、由緒深い神社でもあります。
諏訪神社は花尾城主麻生氏が信州の諏訪神社を御手洗池のほとりに分祀し、厚く祀られた址社であります。

一、祭神
天忍穂耳命 神武天皇 (元 王子社)
大歳神 事代主命 (元 大歳神社)
建御名方神 仲哀天皇
神功皇后 応神天皇 (元 諏訪社)

一、祭礼
一月一日 元旦祭
四月十七日 春季大祭
六月二十五日 道祖神祭
七月二十一日 祗園祭
七月三十日 夏越祭
十月十七日 秋季大祭
十一月十五日 七五三祭

看板より

大歳神社は平安時代に編纂された日本三代実録や、続風土記にも書かれているって、やはり古くからある神社なんですね。

現在一宮神社がある山寺という町は住宅街なのですが、このあたりだけ緑が多く残されていて、とても心地がよい場所でもあります。

上の写真の手前の鳥居を越して左側に神籬磐境があります。

神籬磐境説明看板

古代斎場(神籬磐境)

神籬(ひもろぎ)
神代の時代、神霊の依代として正常な土地をい選常盤木を立て神座となしたもの。

磐境(いわさか)
神を祀るため盤石をもって築きめぐらした場所。

この磐境は古事記によれば神武天皇御東征のみぎり、豊前の国宇佐より筑前の国のこの地にご滞在された旧跡と云われています。
天皇が御滞在中、磐境を設け天神地祇を招き御親祭された神座神処です。
昭和二十八年、十二月、伊勢神宮御造営局長神社建築史の大家、國學院大學教授角南隆博士が参拝され、「この形式の遺跡は全国でも極めて数少ないもので考古学的にも貴重な資料である。」と言われ、当社がいかに古代からの社であるかを物語るものであります。

奉納 株式会社 荒木工作所
令和二年六月吉日

看板より

古事記に出てくる遺跡…。
これを知ったときは、こんなにひっそりとさせていいのだろうか?と思いました。

それに宇佐神宮と関わりがある場所だったようですね。
ウィキペディアで、「大寧寺の変により、宇佐神宮を庇護していた大内義隆が滅びると後ろ盾を失い、大友宗麟の手で再び焼き討ちされ、このときは大宮司宮成公建らは北九州市の到津八幡まで逃げ延びることとなった。」と記述がありますが、関連はあるのでしょうか。謎。

八幡西区一宮神社の神籬磐境

本題の神籬磐境の遺跡はこの先に。

柵の向こうに岩が積まれています。

なかなか伝わる写真が撮れなくて、神籬磐境のアップの写真は出せませんが、いつか撮れたらアップしたいですね。

一宮神社入り口近くの巨木

一宮神社は大きな木がたくさん。

入り口近くの大木の根っこには弁財天と刻まれた石が。
膨らんだ大きな根が特徴的です。
六月に道祖神祭をするからか、石の置物?も神社内にはちょこちょこありました。

一宮神社の情報

〒806-0030 福岡県北九州市八幡西区12
https://www.instagram.com/ichinomiya_jinja/

駐車場は天ぷらのふそう山寺店側から入ることができます。

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